LIFELINE。〜恐怖の表現力の原動力は〜

LINEは人と人のコミュニケーションにおいて無くてはならないモノです。ですが、同時に徐々にコミュニケーションの簡略化が進んで来ているのも事実です。コミュニケーションは象形文字から始まり、長い時代の中でそれは大きく変容、多様化していった事で『人間は感情豊かな生物であり、上位の生物である』と我々は自認しています。しかし、表現の細分化がもたらすのは決して良いことばかりでは無いのです。
 その一つとして、挙げるのはLINE内での集団イジメです。仕事場の上司に対する嫌悪感を告白したり、プライベートで面白いと思ったぶっちゃけトークをグループ内で公開したり、良い意味で以前より友人と近くで話せるようになった、親しみやすくなる交友環境が整ったと言えるでしょう。しかし、悪い意味で言うならそれだけ人間の必要悪や残虐性の一端が垣間見えるという事でしょう。『○○ってホント、ウザいよねぇ』『しね』等という誹謗中傷を皆さんは何度、見聞きしたのでしょうか。我々人間は憎まれ口を叩く人がいれば、陰口をネット上に書き込む人もいます。ネット上に個人情報を晒すモラルを疑いたくなる人だっています。人間の表現力は成長し続けても衰えを知らない。だから未だに稚拙な暴言や誹謗中傷を堂々と書ける人がいます。
 LINEでの集団イジメの特徴として、ちょっとした事でリーダー格の一人が特定の人物に対して集中攻撃するようになり、周りはそのリーダーに従いどんな事だって平気で行うのです。勿論、人を殺めるという残酷な事だって平気で実行出来るはずです。それだけ人間の性質は歪に出来ているのです。
 しかし、それに恐怖してはいけないのです。若い頃に人脈は作っておくものだという人間の本能が友人を失う恐怖を増幅させますが、そこは『勇気』を振り絞ってLINEの友人のグループから抜ける等、今までの自分を一新する事で何かが変わるかもしれません。
 イジメとLINEは意外と親密性がある事が分かると携帯を見るのが怖くなりますが、そこで諦めたら自分の人間性が崩壊します。今を生きる10代は他人の人生を滅茶苦茶にしない、モラルのある大人を目指し、良い社会を創り上げてほしい、今の私には心からそれを願うだけです。


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